電力自由化という第三の矢

2016年4月から電力自由化が始まる。インターネットのプロバイダーの仕組みのように競争原理が働けば面白いことになりそうだと思う。今までは東京電力を筆頭に電力は寡占が続いてきた。それにより民間企業が民主的な権力に匹敵するような政治力、権力を持ち、表に影に日本に影響を与えてきたと思う。それは東日本大震災の時に露見した。

40年数年前の原発で必然的に事故が起こり、現在も放射性物質との戦いが続いている。安全だとも危険だとも判別できない目に見えない不安は続いている。不安を取り除くためには原発をやめようという方向に話が進むかと思ったが、様々な意思や安定電力の問題、CO2の問題などあり、また電力会社の収益構造の問題等あり、国民の意志は分断され、原発は大筋すすめる方向となり、また輸出の話も進んでいる。

まともに信念のもとに原発をやめようと提案した小泉元首相は変わり者扱い。原発反対者はイデオロギーとなり反政府になっていく人も多く、反対のための反対になってしまった。心のなかでは震災の心象風景が忘れられず、東北が震災復興しない中、必死に皆、心で泣いているのに笑顔で過ごしている。これを心のなかでは悲しく、何もできない無力感を持っている国民は多いと思う。でも反原発とはなかなかいいにくい、そんな空気が醸成されている。

原発は技術的には安全に運用できるものと思っているが、40年前の原発を建て替えられないなど人側の問題が多い、そして事故が起これば国土は長期に渡り汚染されてしまう。内部被曝による損傷など、科学的に解明されていない問題も多く、因果関係がわからないまま様々な問題が起きているように思う。

電力自由化によって原発で発電した電気でない電気を使うことが出来る可能性を僕らは手に入れた。これは実は大きなことなのではないのだろうか。アベノミクスの第三の矢はこれまで全く機能してこず、日本の悪い部分を温存した形で構造改革は進まず、見た目の株高を演出しただけであるが、電力はすべての産業の基盤となるものだけに、この自由化の影響は多くの構造に波及するように思う。

これこそが真の第三の矢となり、日本がダイナミックに変化して行くための諸端となると感じている。